中島ホールディングス 引き寄せの法則【3年B組金八先生編】

中島の日々

中島ホールディングス 引き寄せの法則【3年B組金八先生編】

熱血体育教師の想いがつないだひとつの縁

2004年(平成16年)、創業して20年を迎えようという中島ホールディングス(当時中島建設)は大手ゼネコン様よりの受注を確実に着々と無事故で完遂し、信頼と実績を積みあげて発展拡大しておりました。

そんな中島建設社長中島由雄に一本の電話が…

お相手は岡山市北区の高松中学校体育教師(金八先生)。
「社長、今日はお願いがあって電話しました」

「はい、なんでしょう?」

「実は大変失礼なお願いになるのですが、ひとり、来年卒業する生徒を預かってもらいたいのです」

聞くと、いわゆる素行不良で成績が悪く、手に負えない(と言われていた)生徒。受験できそうな高校は無く、では就職はどうかというと、どこにも就職先も見つからないとのこと。

「私が連れて行きますので、一度、面接してやってもらえませんか!」

(こりゃぁ現代の金八先生じゃが。きっと熱血教師がワルのヤンキー生徒を連れてくるんだろなぁ…)中島心の声

こんな感じ…??

いやいや、実際もっとワルいかも?

こんなんとか…(苦笑)

はたしてやってきた中学3年生の少年は…

連れて来られた中学3年生の松本健志(当時15歳)。
面接した中島は、松本に秘められた光るものをすぐに見抜く。

(ちゃんと挨拶はできるし受け答えもしっかりしている。元気もあるし、変に拗ねているような面も無い。何より、聞いた話ではどんだけワルいのが来るのかと思ってたが、ワシの子どもの頃からしたら随分カワイイ・笑)中島心の声パート2

中島「ちゃんと中学を卒業して、うちに来なさい」

「はい!ありがとうございます!」

2005年春、中学を卒業してすぐ松本健志はやってきました。なんせまだ15歳、ついこの前まで中学生で社会経験もない子ども。しかし、責任感は強く、真面目に言われたことを吸収し、任されたことを最後までやり遂げる仕事ぶりは見込みある若者という目で見られました。

ひとつひとつ素直に勉強し、真面目な仕事ぶりで先輩にもかわいがられた松本は、あっという間にメキメキと頭角を現し、20代半ばでは大手ゼネコン竹中工務店様より頂いた大きな現場、当時総工費100億円と言われた岡山済生会病院新築工事を無事故、無災害で無事やり遂げ期待に応えました。

この現場は、竹中工務店重本所長様(当時)の御指名御指導を頂き、その大役を無事故で見事にこなしたことで、さらに引き続き看護専門学校のお仕事も御指名いただいたもので、松本が大きく成長できたこと心より感謝しております。下の写真は上棟式での松本健志。竹中工務店様の法被を身に付けた際のもの。また、その工事において頂いた表彰状。大変名誉なことで将来の有望株との評価を得ました(当時25歳)

さらにその数か月後にも岡山済生会看護専門学校新築工事上棟式に出席、連続での御指名を頂戴しました!

ほか多くの現場でクライアント様との出会いに恵まれ、多くの所長様から薫陶を受けていることを考えると、皆々様のおかげをもって、松本の持っている真面目さや強い思いがそういう縁をひきよせて頂いているのだと思います。

まちづくり、ひとづくり、不思議な縁…見えない力が働いている

そして、また、どこにも行くところがないと言われたまだ15歳だった松本を見込み、預かった中島の目にもまた狂いはなかったのです。これも現代版金八先生がつないだ引き寄せの法則だと感じずにはいられません。今やどこにも行くところがないどころか、岡山を代表するプロジェクト表町再開発、市民会館新築工事に責任ある立場で携わり、時を同じくこれから始まるJR西日本様&奥村組様の駅前再開発事業へと命懸けで取り組むチャンスをもらっているのです!

あれから17年、紅顔の美少年だった(かどうかは分からないが・笑)松本も32歳になり、今では中島ホールディングスの鳶の職長のなかでもエース級親分に成長。 数々のビッグプロジェクトでの仕事を任され、現場で奮闘している松本の姿を見ていると、手前味噌ながら、中島ホールディングスも人づくりで社会貢献できているなと、感慨深いものがあります。(画像は岡山表町3丁目再開発現場と現場での職長松本健志)

当中島ホールディングス中島建設、関連会社、協力会社スタッフを含め、TEAMナカシマは多士済々。皆さまのおかげをもって、不思議な縁で引き寄せられて繋がったそれぞれの物語。ひとりひとりが持つ劇的なストーリーがひとつになり、今ここに集結している感があります。

皆々様のお蔭様を持ちまして数々のお仕事をさせて頂き、ご期待に応えるべく努力を怠ることなく、全力で取り組ませていただいております。今後ともご指導ご鞭撻賜りますようお願いいたします。